2009年 05月 04日
3.May 2009 (Sun)
清志郎が亡くなった。覚悟は出来ていたこととは言え、やっぱり克ってほしかったな。

地元の先輩(小中学校が同じ)ということもあって小さい頃から親しみを感じていたのだけど、実はそれほど熱心に聴いていたわけではなかった。ライヴで観たことはないかな・・・。多摩蘭坂はじめ所縁の地名もよく知っていたりするが、中学時代に「僕の好きな先生」のモデルがそのときいた老美術教師なのではという噂が流れたりもした(実際は日野高校時代の教師らしい)。

最初に知ったのはたぶん坂本龍一とのアレで、その後RCの「OK」あたりは友達にテープを借りて、リアルタイムで聴いた記憶がある。あとは兄がRC好きだったので、高校のときはベストアルバムのCDを横でよく聴いたりして、代表曲は憶えたっけ。

学生の頃にバンドでコピーしたことがあった。「ベイビー、逃げるんだ。」だったか「自由」だったか「ドカドカうるさいR&Rバンド」だったか? 初期のフォーク時代の歌もやったことがあった(「国立市中区3-1(返事をおくれよ)」という変わったタイトルの歌)。なぜかどれも僕が歌ったのだけど、全然うまく真似できなかった(笑) あとなぜか「パパの歌」のCDシングルも持ってるぞ。

あとはタイマーズなんかも印象深い活動だったけど、日本で本当にロックな生き様を見せてくれる数少ない人物が地元の先輩というのは、常に誇らしかったっけね。自分が生まれ育った土地なので何も特別なものを感じていなかったのだけど、やはり中央沿線で思春期を過ごすことは音楽的には特別なことだったのかもしれない。国立には大学もあればディスクユニオンも昔からあったし。

なにか、そう、国立駅のあの三角屋根がなくなったときのような寂しさ。

改めて、本当に残念です。冥福を祈ります。
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by deadfunny | 2009-05-04 00:03


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